【インタビュー】元ジェフ千葉のFP乾達朗がFC NAKAIで感じたこと「気持ちや取り組む姿勢に、競技レベルは関係ない」(前編)

【インタビュー】元ジェフ千葉のFP乾達朗がFC NAKAIで感じたこと「気持ちや取り組む姿勢に、競技レベルは関係ない」(前編)

 FP乾達朗は、Jリーグのジェフユナイテッド千葉の育成組織時代にはサッカーの年代別代表にも選ばれ、その後、トップチームに昇格。東南アジアを中心に、海外のリーグでもプレーしてきたサッカー選手だった。

 そんな彼が、今年3月に発足したFC NAKAIの一員としてフットサルをプレーしている。サッカーの夏の移籍市場が開幕する前に一度はチームを離れたが、その後、復帰を果たし、現在は23日に始まる全日本選手権東京都決勝大会に向けて準備をしている。

 サッカーのプロとしてプレーしてきた乾が、なぜフットサルをプレーする決意をしたのか。彼の目にフットサル界はどう映っているのか。そして、FC NAKAIでプレーすることでどんな発見があったのか。思いを聞いたインタビューを前編、後編の2回に分けてお届けする。

以下、乾達朗インタビュー前編

――まず乾選手のサッカーキャリアから教えてください。
乾 僕は千葉の浦安市出身で、最初にボールを蹴り始めたのは小学校2年生の時ですね。ブリオベッカ浦安の下部組織でボールを蹴り始めて、小5の時に舞浜にジェフのスクールができることになって、そこからジェフのスクールに通い始めて、Jr.ユース、ユースと昇格して、トップチームに行きました。

――当時のジェフは下部組織からすごく多くの選手が上がっていきましたよね。
乾 そうですね。阿部(勇樹・現浦和)さん、(佐藤)勇人さん、山岸(智)さんとか、工藤(浩平)さんとか。

――そうそうたる顔ぶれでしたね。工藤選手のプロ初インタビューも、やらせてもらったんですよ(笑)。
乾 工藤さんは今、またジェフにいますよね。結果出した選手たちが戻ってきていますね。僕が在籍した時は、ヨジップ・クゼ監督、アレックス・ミラー監督、そして最後に江尻篤彦監督の時でしたね。

――当時の思い出というのは?
乾 正直、良い思い出がないですね。トップチームとリザーブズの両方で練習していたので忙しかったのですが、トップチームではベンチにも入れなくて、ほとんどリザーブズのみでの活動でした。僕自身も未熟でしたし、仕方がないですね。千葉を退団してからは4年間シンガポールでプレーして、そのあとにJ3の相模原でプレーしていました。

――東南アジアに行くきっかけは何だったんですか?
乾 千葉と契約満了になった後、J2のクラブが獲得してくれるかもという話があったんです。でも、それがうまくいかなくて、次に国内で行くならJFLだったんです。その時にアルビレックス新潟シンガポールの社長が「トライアウトを受けてみないか?」と声をかけてくれたんです。シンガポールに行けば、サッカーだけで生活ができることも分かったので、トライアウトを受けて合格して、行くことになりました。その後はタイに行き、ブラウブリッツ秋田へ行って、カンボジアのナガワールドFCでプレーしましたね。

――そこからフットサルという道が見えにくいのですが、どういう経緯で始めることになったんですか?
乾 実はカンボジアのナガワールドFCとは2年契約で、本当は今年もそのクラブとの契約があったんです。ナガワールドFCはもともと強豪だったのですが、ここ数年は優勝ができていなかったので、「どうしても優勝したい」ということで、熱心に声をかけてくれたんです。『優勝させることができれば、自分の仕事はまっとうできるな』と思い取り組み、結果的にも優勝したんです。その時にカンボジアではやりきったなという感じがしました。そこから別の国にチャレンジしたいと思って、チームに相談したところ「チャレンジてこい」「応援しているよ」と、違約金の話もなく、送り出してくれたんですね。そこからタイを中心に回ったのですが、冬の移籍マーケットで決まらなかったんです。日本ではプレーする気がなかったので、次の夏の移籍マーケットでの移籍を目指していたんです。

――サッカー選手として現役を続けようとしていたんですね。
乾 はい。その時、もともとサッカーで知り合いだった人に、「チームが決まるまで、FC NAKAIっていうフットサルチームに参加しない?」って声をかけてもらったんです。その時に詳しく聞いて、フットサルの全日本選手権が、サッカーでは天皇杯に値する大会で、そこの優勝を目指すという話を聞きました。チームに所属していたわけでもないですし、仕事をしていたわけでもなかったので、「夏の移籍市場までなら」という期間限定で加わることにしました。そのままチームに入り、このチームでやろうと決めて、一度FC NAKAIを抜けました。それでチームを探したのですが、結局、そこでも決まらなかったんです。もともと「夏に決まらなかったら引退しよう」と思っていたので、現役引退のリリースを出させてもらいました。

――サッカー選手としては、キャリアを終えたんですね。
乾 はい。FC NAKAIのスタッフにも「引退をすることにしました」と伝えたら、「一回、食事に行こうよ」と声をかけてもらって、石関聖コーチ兼選手とかと食事をしたんです。そこで「もう一回、戻ってこないか?」って声をかけてもらいました。でも、その時は、もうボールを蹴る気持ちはなかったので「ちょっと考えさせてください」と答えて、1か月くらいはボールに触らず、体も動かさなかったんです。もともと、この「Fの頂」「FC NAKAI」のチャレンジは、選手権限定のチャレンジで最長で3月まで、負けたらその場で終わりです。「どんなに長くても3月まで。みんなで戦おうよ」と、もう一度声をかけてもらって、それで自分も決心して『3月まで頑張ろう』と決意しました。

――もともとサッカー選手だった時というのは、フットサルをどう見ていましたか?
乾 まったく興味なかったですね。たまたま1試合だけ、Fリーグの試合を見たことがあったんです。地元が浦安で、浦安の体育館のジムに通ってオフシーズンは、毎日のようにそこでトレーニングしていたんです。そこでたまたま試合があったんでチケットを買って、見に行ったんですよね。でも、それだけですね。

――どんな印象でしたか?
乾 覚えてないですね(笑)。フラッと行って、軽い気持ちで見ていたので覚えていることはあまりないですね。

――FC NAKAIの活動を始める時というのは?
乾 まったく何もわからない状況でしたね。ルールも分かっていなかったので。

――サッカーから転向する選手は、最初にシューズに戸惑うと思うのですが。
乾 最初の練習の日、サッカーのトレーニングシューズで行ったんですよ。

――フットサルって日本だと屋外でやるイメージがありますよね。
乾 はい。それでトレーニングシューズで行ったのですが、『あ、靴違うんだ』と分かったので、2回目の練習に行く途中にスポーツショップに寄って、買っていきました。フットサルシューズを買ったのもその時が初めてでしたね。それまでもサッカーのシーズンオフに「フットサルやろうよ」と呼ばれてやっても、人工芝のピッチでやっていたので、体育館でプレーしたことも初めてでしたね。

――いざ始めてみたらどうでしたか?
乾 難しいですよね。サッカーとは、まったく違うので。今まで自分が呼ばれていたフットサル、Jリーガーたちとやっていたフットサルは、ミニサッカーをやっていたんだなと思いました。真剣にフットサルに触れたことがなかったので、サッカーと違う感覚が多かったです。例えば、ディフェンスのボールの奪い方がサッカーと違ったり、ドリブルの仕方も違うんですよね。使う筋肉や求められる姿勢、ストップ、ダッシュ、力の込め方、すべて違うなという感じでした。

――サッカーからフットサルを始める人は、そこでフットサルとサッカーの違いを感じて、フットサルを突き詰めたいと思うようになることが多いのですが、そんな感覚はありますか?
乾 面白味は感じますね。戦術がすごくあって、ずっとフットサルをやっていた人のなかに入ると、どこに動いたらいいのかわからなくなりました。セットプレーも含めて、決まった戦術のなかで動くから、サッカーに比べて自由度は少ないですよね。だから、そこを突き詰めれば、それがうまく行った時のFPとGKの5人で得られる達成感は強くありますし、練習でしたことがそのまま出やすいのかなとは思います。そういう面白さは感じますね。

――FC NAKAIでの活動を始める時、プロ選手は何かを示すことも自分の役割だなということも考えていましたか?
乾 考えていました。サッカーとフットサルは違いますが、特に僕は日本だけではなく海外も経験して、本当にいろいろな経験をしてきました。みんなよりも競技のことを考えてきた時間は長かったですし、今のチームで起きる問題でも、自分が経験したことは結構あります。だから、できるだけスムーズに解決するために声をかけたりはしています。

――「Fの頂」のなかで、1カ月の休養期間にFC NAKAIの試合を見たことも、もう一度チームに入ろうと思ったきっかけになったと話していました。今、フットサルをやるうえで、一番のモチベーションというのはなんですか?
乾 僕はフットサルの素人なんですが、サッカーではプロでやってきました。その世界とFC NAKAIの選手は、あまりにもギャップがあったんです。環境はもちろん、技術的な競技レベルも、競技との向き合い方も。当たり前が当たり前じゃなくて、そこにギャップを感じました。だから、最初は『大丈夫か?』と思っていたし、『Fの頂を獲るなんて絶対無理だ』と思っていました。だって、サッカーに置き換えたら天皇杯ですよね? 天皇杯をこのチームが取れるか。J1のチームに勝てるかといったら、そんなことを口にすることも失礼なレベルだったと思います。でも、そのなかでいろいろなことを感じながら取り組んで、自分も伝えられることを伝えながらやっていきました。数年前の僕だったら「レベルが低いのに何言ってるんだ」ってバカにしていたかもしれません。でも、みんなで乗り越えていこうという感じがチームにはありますし、競技レベルは低くても、打ち込む姿勢は真剣になっていきました。チームに賭ける気持ちや個々の意識が、どんどん強く、高くなっていく過程を見て、初めての感覚を覚えました。今までは、もともと競技レベルの高い人、プロ意識の高い人のなかでしかやったことがなかったんです。

――素人が、少しずつプロの感覚になっていく過程を共有したんですね。
乾 そこで気持ちや取り組む姿勢っていうのに、競技のレベルは関係ないんだなと思いましたね。それを感じて自分も貢献したいなという気持ちが出てきたんです。馬鹿にする人も多いですけど、やっている人たちは本当に真剣にやっていますからね。そういう気持ちになってから、自分もフットサルに向き合おうと思うようになりました。

――ご自身も、サッカーの夏の移籍市場前と現在では取り組む姿勢が変わりました?
乾 まったく違いますね。当初、僕が出場できるのは東京都予選の2回戦までだったんです。もちろん僕の周りにいたサッカーをやっている人たちも、僕がこういうことを始めたのは知っていたので『1回戦で負けるのだけは避けたいな』と思っていました。2回戦までは勝とうと思っていたのですが、ミニサッカーをやっていても、そこまでは勝てるというのも感じていました。だから、特別にフットサルの勉強をしたり、フットサルの戦術に落とし込んだりしなくても、2回戦までは好きなことをしていても勝てると思っていたので、そのやり方でやっていきました。そこから徐々に勝ち上がっていき、メンバーも変わって、フットサル経験者も増えたので、今は自分のこれまでのやり方だけではなくて、フットサルに合わせないと、自分のプレーも評価されなくなるし、相手にも勝てなくなるなと思い始めました。だから、帰ってからは「サッカーだったらこうだ」という要求は、一切しないようにしようと決めて、今までのサッカー経験は全部捨てて、イチからフットサルに向き合っています。

――そのサッカーからフットサルへの転換は難しかったですか?
乾 難しいですね。やっぱり、どこかで「こうしたらいいんじゃないか?」っていう気持ちが出てくることもありますからね。それはサッカーでの長い経験が元になっていますし、いろいろなところで試行錯誤をしてきた結果なので。でも、フットサルの経験が少ないので、それは間違っているかもしれないので、中井監督、石関コーチ、長野から来た(伊藤)広樹のようにフットサルの経験が長い選手たちの言っていることを聞いてやろうと決めています。

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