「こんにちは!!」
ソルビーノフットサルスクールに集まってくる子供たちは、コーチに近寄って挨拶すると、ハイタッチをして拳を握ると流れるような動作でグータッチをする。その様子は指導者と教え子というよりも、まるでチームメートのようだ。
八王子で開催されているソルビーノフットサルスクールを運営する川鍋恭貴は、現在も都リーグのクラブで活躍している現役の選手である。川鍋は自身も選手としてプレーをする傍ら、2013年に小学生を対象としたスクール「ソルビーノフットサルスクール」を開設した。
日本には数多くのフットサルスクールがあるが、ソルビーノフットサルスクールは「ドリブル」にフォーカスし、「個」を伸ばすことに特化している。川鍋は、その理由を「僕自身は、もともとドリブルが得意だったわけではないんです。でも、今はドリブルを主体にプレーするようになって、マークをはがすことの楽しさを感じるようになったんです。ドリブルは楽しいですし、その楽しさ。またチャレンジ精神を教えたいなと思って、このスクールを始めました」と説明する。
多くのクラブでは、ウォーミングアップとして「ランニング」「ストレッチ」など、ボールを使わないメニューで体を起こしていく。だが、ソルビーノフットサルスクールのウォーミングアップは「ヒールリフト」で始まる。
子供たちは一列に並び、一人ずつコーチの前でヒールリフトを披露。コーチはその様子を見ながら、短く的確なアドバイスを送る。どう改善すればボールがより浮くか。落下地点をどこにするか。サーカスプレーではなく、あくまで相手を抜く手段の一つとしてのヒールリフトを磨いていく。
「ボールを足で挟むように上げるので、僕たちは『サンドリフト』と呼んでいます。なぜ、これをアップにチョイスしたかというと、一つはカッコいいこと。誰でもできるものではないと思うんです。あと飛んだ後の着地も、リズム良くできないと、次のプレーにつながらないんです。以前はラダーもやっていたのですが、スクール生の人数が増えたので、今はやっていません。躍動的でカッコいいこともあって、サンドリフトをやるようになりました。トレーナーをやっている方に聞いたら、運動前に伸縮させる筋肉などもいいということで、サンドリフトをやるようにしています。ほかにもバドミントンのシャトルをリフティングするなど、ちょっと変わったアップをするようにしています」
ウォーミングアップが終わると、川鍋コーチは子供たちを集め、課題となるドリブルのテクニックを実践して披露する。この日、子供たちに示されたのは、ボールをまたいでからアウトサイドで切り返す方向転換だった。
東京都リーグで現役選手としてプレーしている川鍋コーチがフルスピードでやるキレのあるフェイントを、子供たちは食い入るように見る。川鍋コーチは繰り返し、繰り返し、そのプレーを見せると、子供たちの何人かは自分の足元にあるボールで実践し始める。
ある程度の子供たちが自分たちでボールを動かしだすと、川鍋コーチは少しスピードを落とし、解説を加えながら、再びこの日のテーマとなる「またぎ→切り返し」を実演する。こうすることで、すべての子供たちが何をするかが理解できるようになっていた。一通り説明を終えた川鍋コーチは、子供たちを散らばらせて一人ひとりに繰り返しのドリルトレーニングをさせる。
正直なことを明かすと、取材をしながら「子供たちにこれは難しすぎるだろう」と思っていた。実際、子供たちは最初のうち、ボールをコントロールできていなかった。ところが、繰り返し、繰り返し取り組んでいくことで、成功する子供たちが少しずつ出始めていった。
時に大人は、子供の限界を勝手に決めてしまう。だが、子供たちとチームメートと同じように接する川鍋コーチは、彼らの限界を決めない。自分のできる最大のパフォーマンスを見せ、それを習得させる。だから、手取り足取り教えることもしない。実際にプレーを見せて子供たちがドリル練習を始めた後は、自ら質問をしに来た子供たちのみにアドバイスを送っていた。
「自主性を求めています。みんなの前では聞きにくいからと、練習が終わった後に聞きにくる子もいます。自分が知りたいと思わないと、やっぱり覚えないんですよね。何ができないのか、どうしてできないのか。疑問を持ってもらって、そこで初めて教えるようにしています。その方が習得も早いんですよね」
複数のドリルトレーニングの後は、より実戦的な1対1のトレーニングをする。
先ほどのドリルトレーニングで培った技術を早速見せる子供たちもいた。子供たちは目の前の相手と競うことはもちろんだが、この日やったトレーニングをそれぞれがどれだけ習得できたかを見ることもできる。競争意欲が掻き立てられる状況だ。
練習の最後には紅白戦が行われた。試合時間は3分で、1点を先制した方が勝ち残るルールだ。この紅白戦のなかにも、川鍋コーチは選手の一人として加わってプレーする。
指導者が子供たちの紅白戦に入る時、プレーの強度を下げたりする。だが、川鍋コーチのプレーは、基本的に全力だった。フィジカルの差が如実に出る場面では、フルパワーは出さない。だが抜きに行く際、ボールを奪いに行く時は、一人の選手として子供たちと接した。
これが彼らの日常なのだろう。驚いたのは、子供たちも彼に対して本気で挑んでいたことだ。絶対に勝てない相手ではないとして挑み、実際にこの紅白戦でいくつか決まったゴールのなかには、子供たちが底辺にいた川鍋コーチからボールを奪い、ショートカウンターで決めたものもあった。
普段から川鍋コーチに挑んでいるソルビーノフットサルスクールの子供たちは、ピッチに立った瞬間、相手に絶対に敵わないという気持ちを抱くことはないだろう。スクールによっては、30分から1時間で終わるものもあるというが、ソルビーノフットサルスクールは、たっぷり2時間のトレーニングができる。
「僕が子供だったら、現役の選手に教わりたいですし、そのスピードのなかでプレーしたいんです。保護者の方々にも『ゲームでは手を抜きませんよ』と話しているんです。シュートもある程度は強く打っています。打たせたくない時は、寄せないといけない。そういうことも学んでほしいなと思うんです。今の4年生は、まだ体が強くありませんがガツガツ来てくれるんです。僕を相手にプレーして、子供たちが同世代の試合に帰ると、親御さんから『プレーしやすそうだった』と言ってもらえるんです。だから、基本的には全力で僕もやっています」
全国大会を取材していると、試合に出場している子供たちが、未知のレベルと接することで試合をあきらめてしまうことがある。最後まで食らいつけば接戦になるようなゲームで、大差がつくのは、圧倒的な差を認識した時が多い。日常的に本気でプレーする大人と対峙していれば、小学生年代の子供たちが、同年代との試合で戸惑うことはおそらくないだろう。ピッチ内外で、子供たちと同じ土俵に立ち、あふれんばかりの熱量を持って向き合う川鍋コーチの教えは、未来あふれる子供の可能性を、最大限まで引き出してくれるはずだ。